その(1) 「ひょうひょう達人」はこちら
<ペンネーム>
村谷さんは、ちょくちょく、我が家を訪れてくれた。
どちらかというと、ぶっきらぼう系の村谷さんだが、その時はよく語り合った。
多くは、子どもたちへの将棋指導についてだったが、僕とは共通の趣味があったので、そんな話もよくした。
共通の趣味はプロレスである。
村谷さんは女子プロレスの立野記代(たての のりよ)派であり、僕は神取忍(かんどり しのぶ)派であった。
立野は女子プロの「聖子ちゃん」であり、神取は「ミスター女子プロ」である。
互いに「意外だなあ」と言い合った。
どこが、どう意外なのかは、互いによくわからない。
でも、意外。
意外と言えば、ペンネームも意外だった。
合同新聞の将棋観戦記での村谷さんの筆名は「青すじ」だった。
「なんでまた、青すじなんです?」
と尋ねたことがある。
僕は、うすうすこう考えていた。
村谷さんは色白である。それで、盤に向かった時は熱中のあまり、ひたいに青すじが浮かぶのではないか。
うすうすの想像ではあったが、自信もあった。99%くらい。
でも、答えは1%だった。
「ははは、なるほど。でも違いますよお。私、青すじ浮かんでます?」
そう目を細めて、1%を教えてくれた。
青すじの元はチョウだった。
「知ってます?アオスジアゲハ」
僕は知っていた。それどころか、好きだった。
(↑画像はウィキペディアより)
アゲハチョウほど大きくはなく、黒色に湖を思わせるブルーの羽。
村上龍が「限りなく透明に近いブルー」という作品を書いたが、きっと、そんな感じ。
華麗さやきらびやかさとは遠い、弱さを肯定するような羽ばたき。
だから、自由。
僕にとって、そんなチョウだ。
「あっ、アオスジアゲハの青すじだったんですね。僕、好きなんですよ。それに、よく来るんですよ。ここ。」
「へえ、来るんだ。うらやましいなあ。この頃、あまり見ないからなあ」
ひょうひょう村谷調で、窓越しに見つめた。
そこにはいないアオスジアゲハが、村谷さんには見えていたんじゃないか。
「じゃあ、私もまた来よう」
そう言って、ひょいと席を立った。
思う…。
一番の意外は、もう、村谷さんは来ないってことだ。
けど、アオスジアゲハはやって来る。これを書いているのは4月の終わりだから、もうすぐ、来る。
ひょっとしたら、乗ってるかも。村谷さん。
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その(3)につづく